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新潟地方裁判所 平成10年(行ウ)3号 判決 1999年7月15日

原告

細谷光男

右訴訟代理人弁護士

伴昭彦

被告

糸魚川税務署長 早川順太郎

右指定代理人

戸谷博子

安岡裕明

星野一雄

鈴木次男

吉村正志

宇田川祐一

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が平成六年五月三〇日付けで原告の平成三年分所得税についてした更正処分中納付すべき税額二四万九〇〇〇円を超える部分及び重加算税賦課決定処分をいずれも取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二事案の概要等

一  事案の概要

本件は、被告から平成六年五月三〇日付けで平成三年分の所得税につき更正処分及び重加算税賦課決定処分を受けた原告が、右課税処分は、原告に対する税務調査を行わずになされた違法な処分であるとして、その取消しを求めた事案である。

二  争いのない事実及び括弧内記載の証拠によって容易に認定できる事実

1  確定申告

原告は、新潟県西頸城郡名立町において、行政書士業務及び無資格での税理士業務に従事し、小川一雄の経理全般を担当していたものであるが、平成四年三月九日(乙二)、被告に対し、平成三年分の所得税について、総所得金額を三二四万六四二〇円、申告納税額を二四万九〇〇〇円とする確定申告をした。

2  原告らに対する犯則調査及び刑事裁判

関東信越国税局(以下「国税局」という)の刑部泰久査察官は、平成五年三月二三日、小川に対する所得税法違反嫌疑事件について、その経理を担当していた原告宅を臨検、捜査し、同嫌疑事件に関連すると認められた帳簿、書類等の物件を差し押えた。さらに刑部査察官らは、小川及び原告を取り調べ、質問てん末書を作成する等の調査を行い(以下刑部査察官らが本件に関して行った調査を「本件犯則調査」という)、国税局収税官吏は、平成六年一月二〇日、小川及び原告の共謀による小川の所得税法違反の事実を新潟地方検察庁検察官に告発し、差押物件を引き継いだ。

右告発を受けた検察官は、さらに原告について税理士法違反嫌疑事件を認知し、同年四月一五日、右所得税法違反の罪により小川を、右所得税法違反及び税理士法違反の罪により原告を通常逮捕し、同日拘留請求をした上捜査を行い、同年五月四日、新潟地方裁判所に対し、右各罪により両名を公判請求した。同裁判所は、平成七年三月二三日、原告に対し、所得税法及び税理士法違反の各罪により、懲役一年、執行猶予三年の判決を宣告し、同判決は確定した。なお、原告は、平成六年七月一二日に保釈により釈放されるまで、勾留されていた。

3  本件課税処分

被告は、起訴後まもない平成六年五月二〇日、国税局課税第一部長から、本件犯則調査に基づく査察資料の送付を受け、同月三〇日付けで、原告の平成三年分の所得税について、小川及び株式会社東栄不動産からの謝礼金五三〇五万三三〇〇円の確定申告漏れがあったとして(甲三)、原告に対し、総所得金額を五六二九万九七二〇円、納付すべき税額を二三八七万四八〇〇円とする更正処分及び八二六万七〇〇〇円の重加算税賦課決定処分(以下まとめて「本件課税処分」という)をし、その旨を原告に通知した。本件課税処分を行うにあたり、糸魚川税務署の職員が、原告宅へ臨場し又は原告を呼び出して同人と面接をしたことや、小川及び東栄不動産に対し反面調査を行ったことはなかった。

4  不服申立

原告は、平成六年七月二〇日、被告に対し、本件課税処分につき異議申立てをしたが、三か月を経過しても異議決定がなされなかったため、平成七年一月六日、異議決定を経ないで、国税不服審判所長に対し審査請求をした。同審判所長は、平成九年一二月二二日付けで、審査請求をいずれも棄却するとの裁決をし、同裁決書の謄本は平成一〇年一月二一日頃(甲五の一)、原告に送達された。

三  当事者の主張

1  原告

(一) 本件課税処分は、本件犯則調査によって得られた資料のみに基づいてなされたもので、被告及び税務署職員は税務調査を一切行っていない。

犯則調査の資料を課税処分に用いること、さらには犯則調査の資料のみに基づいて課税処分をすることは、税務調査と国税犯則調査を混交したものであり、法が両者を制度上区別している趣旨に明らかに反し許されない。また、小川に対する犯則調査の過程で判明した原告に関する資料や調査結果は原告にとっての秘密事項であり、犯則調査をした査察官はこれを他に漏洩してはならない義務を負っていた(国家公務員法一〇〇条)にもかかわらずこれに違反し、かつ、告発手続を定める国税犯則取締法一二条の二に違反し、被告に原告の資料を提供したものであるから、憲法三一条に定める適正手続違反があり、右資料は課税庁における違法収集証拠であって、当然排除されるべきである。結局、本件は、何らの税務調査をせずにした課税処分であり、国税通則法二四条、二七条に違反することは明らかである。

(二) また、原告は課税処分に至る経緯が全く分からず、単に第三者である小川に対する犯則調査の参考人として調査を受けたとの認識でいたところ、不意打ちで自己に対する課税処分を受けたものであるから、行政手続法一条の租税行政手続における公正の確保と透明性及びその精神に反し、ひいては憲法三一条、一三条に違反するものである。

(三) 本件犯則調査における原告宅での差押えは、小川に対する犯則調査に無関係の書類を無差別に押収したもので違法であるから、右違法収集証拠に基づく課税処分も当然違法であり、当然取り消されるべきである。

2  被告

(一) 国税通則法二四条が更正処分の前提として「調査」を要件としたのは、税務署長に恣意的な課税をなすことを禁じたもので、いわば消極的に課税が他の目的ではなく行われたことを示す程度のものである。そして、右「調査」とは、課税標準等又は税額等を認定するに至る一連の判断過程の一切を意味するものと解せられ、課税庁の証拠資料の収集、証拠の評価あるいは経験則を通じての課税要件事実の認定、租税法その他の法令の解釈を経て更正処分に至るまでの思考、判断を含むきわめて包括的な概念である。そして、右調査の方法、時期などその具体的な手続きについては、法は何ら規定しておらず、その点で、課税庁に広範な裁量が認められているものと解される。そして、課税庁が内部においてすでに収集した資料を検討して正当な課税標準を認定することも、右裁量権の範囲内であり、右調査に含まれるから、国税犯則取締法に基づく調査により収集した資料を査察官から引き継ぎ、これに検討を加えることも調査に含まれるし、右資料を課税処分を行うために利用することも許される。また、他の税務署長による調査において収集した資料の送付を受け、これに検討を加えることによって正当な課税標準を認定することも調査に含まれると解されるし、確定申告書を精査検討して過少申告を発見することも調査にあたるのであり、いわゆる机上調査も調査にあたる。

本件においては、糸魚川税務署の個人課税部門の統括国税調査官である池田隆史統括官は、国税局から査察資料を入手し、同資料を精査するとともに、高田税務署からの資料、原告の確定申告書及びその添付書類や被告が所持していたその他の資料を併せて検討し、また、収税官吏に査察調査の説明を求める等の調査を行った上で、被告は、さらに裏付調査を行うまでもなく、正しい課税標準を認定できると判断し、本件課税処分を行ったものであるから、本件課税処分が国税通則法二四条の調査を経ないで行われたとの原告の主張は事実に反し失当である。さらに、右調査が不十分であったり、その手続きに違法があったとしても、更正処分の取消訴訟は、客観的な所得の存否を争う訴訟であるから、かかる事由は更正処分の取消原因とはならないというべきである。

(二) また、原告は、本件が行政手続法一条の租税手続の公正の確保と透明性に違反すると主張するが、行政手続法は平成六年一〇月一日に施行されているところ、本件課税処分はその施行前の平成六年五月三〇日付けで行われており、本件課税処分に行政手続法の適用の余地はないし、そもそも右条項は具体的な行政手続規定の解釈適用の指針になるにすぎず、原告の主張は失当である。また、更正処分は、国税に関する法律に基づき行われる処分その他公権力の行使に当たる行為であり、国税通則法七四条の二第一項で行政手続法の適用を除外されている。そして、更正処分に至る手続は、国税通則法二四条、二八条に規定されており、行政手続法に直接基づくものではないのである。

(三) 原告宅の捜索、証拠物の差押手続は、犯則事実を証明するために必要とされた物件が差し押さえられたものであって、何ら違法な点は存在しない。

第三当裁判所の判断

一  本件課税処分に至る経緯

前記第二・二の争いのない事実等及び証拠(甲三、六、乙一ないし四、原告、証人池田隆史及び弁論の全趣旨)によれば、次の事実を認めることができる。

1  被告は、平成四年三月九日、原告から、平成三年分の所得税の確定申告として、申告書(乙二)及び所得の内訳書(乙三)の提出を受けた。また、被告は、同年五月、小川の納税地を管轄する高田税務署から、原告及び小川が上越市富岡の土地売買に絡み東栄不動産から四回にわたり合計一億一〇〇〇万円の裏金を受け取った旨の調査結果が記載された資料及び東栄不動産の念書の写しなど五通の資料の送付を受けたが、同資料によっては、一億一〇〇〇万円のうち原告に分配された金額がいくらであるかまでは解明されていなかったことなどから、原告に対する税務調査には着手せず、右資料は、確定申告書及び所得内訳書等とともに原告の個人調査カードに保管された。

さらに、糸魚川税務署の池田統括官は、同年秋頃、国税局の査察官から、原告の平成三年分を含む確定申告の内容についての問い合わせを受け、同査察官に対し、原告の所得税確定申告書及び所得内訳書の写しを送付しており、また、平成五年三月には、本件犯則調査が開始されたことを知ったことから、原告に対する税務調査は、この調査によって事案の全容が解明されるまで保留することとした。

2  刑部査察官らは、池田統括官から、原告の所得税確定申告書及び所得内訳書の写しの送付を受けた後の平成五年三月二三日、小川に対する所得税法違反嫌疑事件について原告宅を臨検、捜索し、同嫌疑事件に関連すると認められた帳簿、書類等の物件を差し押さえた。さらに、同査察官らは、原告に対し、当初は右嫌疑事件の参考人として、その後小川の共犯者として取調べを開始し、その調査の過程において、原告の雑収入に関する調査、すなわち原告が小川及び東栄不動産から受領した不動産取引謝礼金五三〇五万三三〇〇円に関する調査をも遂行し、その調査の結果として、小川及び東栄不動産から原告への右金員の流れを図示した「細谷光男の資金の流れ」と題するB四判の図面(乙四・以下「本件図面」という)が作成された。

3  被告は、平成六年五月二〇日、国税局課税第一部長から、原告が、小川から、平成二年一〇月三〇日に一八六五万三三〇〇円を、平成三年三月二六日に一〇〇〇万円をそれぞれ受領しているほか、東栄不動産からも、同年六月一九日に一〇〇万円を、同年八月一二日にも二三四〇万円をそれぞれ受領しているとの調査結果のみが記載された査察資料の送付を受け、原告に対する税務調査を開始した。

池田統括官は、まず、原告の個人調査カードファイルから、原告の平成三年分を含む所得税確定申告書及び取引資料を検討し、前記受領金について雑所得として申告がなされていないことを確認した。そして、前記1の高田税務署から送付された資料と国税局からの査察資料を比較検討した結果、高田税務署からの資料では、東栄不動産からの原告の受領金額が解明されていなかったが、国税局の査察資料により、この点が解明されたものと判断した。そして、池田統括官は、原告にわたった資金の流れを確認するため、刑部査察官に電話で問い合わせ、同人から本件図面の送付を受けた。それには、小川及び東栄不動産から原告までの金員の流れについて、入金日、金額、方法(銀行名、口座番号等)が記載されていた。このように、国税局からの査察資料には、原告の小川及び東栄不動産からの受領金額等が記載されていたところ、池田統括官は、本件図面は刑部査察官らの調査により裏付けられた信用性の高いものであり、同査察官らによって徹底的に調査がされている以上、改めて独自の調査をする必要はなく、この結果をもとに正しい課税標準及び税額を認定できるものと判断した。そして、池田統括官の右判断に基づいて、被告は、右資金が雑所得に該当することについて、原資料を取り寄せて照合を行ったり、原告に対する面接調査や関係者に対する反面調査を実施して、事実関係を確認するといった調査を行うことなく、平成六年五月三〇日付けで本件課税処分をした。

二  本件課税処分の違法性の有無

1  本件課税調査について

(一) 犯則調査資料の利用について

課税調査と犯則調査はその目的、機能を異する別個の手続であり、両者が法制度上区別されている趣旨に鑑みても、犯則事件が存在するとの嫌疑もないのに、専ら課税資料を収集する目的で国税犯則取締法上の強制調査を行い、この調査によって得た資料のみに基づいて課税処分をするというような違法性の著しい場合は格別、収税官吏である国税査察官が犯則嫌疑者に対し、適法な犯則調査を行った場合に、課税庁が右調査もしくはその過程で収集された資料を引き継ぎ、これを右の者への課税処分を行うために利用することは許されると解するのが相当である。

本件においては、小川に対する犯則嫌疑事件に参考人ないし共犯者として原告に対して適法な犯則調査が行なわれており、このような場合に、課税庁である被告が、右調査もしくはその過程で収集された資料を引き継ぎ、これを原告の課税処分を行うために利用することが許されないと解すべき合理的な根拠はない(もし、許されないとすれば、改めて課税庁が同様の資料を収集することが必要となり、租税徴収の経済性・迅速性を著しく害することになる。)から、右資料を利用した点には違法はないものというべきである。

(二) 課税調査の有無について

国税通則法二四条は調査を更正の要件としているところ、右調査は、課税標準等又は税額等を認定するに至る一連の判断過程の一切を意味し、課税庁の証拠資料の収集、証拠の評価あるいは経験則を通じての要件事実の認定、租税法その他の法令の解釈を経て更正処分に至るまでの思考、判断を含む極めて包括的な概念であること、同法がその方法、時期等の具体的手続についてなんら規定していないことからすると、その方法、時期、範囲に関しては、課税庁の合理的な裁量に委ねられているものと解される。

本件においては、被告の職員である池田統括官は、原告の確定申告書、所得内訳書等を検討したり、高田税務署からの送付を受けた資料と国税局からの査察資料とを比較検討する等した上、刑部査察官ら査察担当係官が調査の上雑所得であるとの結論を下すに至った以上、改めてこの点につき独自の調査を行なう必要はないと判断し、右判断に基づいて、被告が本件課税処分をしたことは前記一で認定したとおりである。

池田統括官は、国税局から送付された原告に対する金銭の流れが記載された本件図面について、その記載の元となった原資料を一切照合しておらず、また、右受領金が謝礼金に該当するか否かという点について、国税局の判断をそのまま引き継ぎ、原告に対する面接調査や関係者に対する反面調査を実施していない点からすれば、必ずしも十分な調査が尽くされていたとは言い難い面もあるが、税務調査手続の違法は、当然にはこれに基づく課税処分に影響を与えるものではなく、調査が全くなされていないなどの違法性の程度が著しい場合にのみその取消事由となると解するのが相当であるから、右調査が不十分であった点や原告の主張するその他の手続違反については、本件課税処分に影響を与えるものではない。

2  また、原告は、本件課税処分が行政手続法一条の精神等に反し、その結果、憲法三一条、一三条に違反すると主張するが、行政手続法の施行は本件課税処分前であるし、不利益処分について定めた同法三章の規定は、国税通則法七四条の二により適用を除外されており、さらに前記認定の通り、原告は、小川に対する犯則嫌疑事件の参考人ないし共犯者として犯則調査を受けていることも併せ考慮すると、本件課税処分が行政手続法一条の精神に反するということはできない。

3  原告は、本件犯則調査における原告宅での差押えは、小川に対する犯則事件に無関係の書類を無差別に押収した違法なものであるから、右違法収集証拠に基づく本件課税処分も当然違法であると主張するが、原告宅での差押えがそのような違法なものであることを認めるべき資料はないから、右の主張も前提を欠き、採用できない。

三  よって、原告の請求は、いずれも理由がないので、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松田清 裁判官 大野和明 裁判官 島村路代)

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